「佐賀ダルク」「支援する会」にお立ち寄りください。

 暑い日が続きますが、みなさまお元気でお過ごしでしょうか? 支援する会の片隅に席を置かせていただいている保健師の東島です。

 私が「ダルク」と出会ったのは、10年程前(いつの間にか、もう、そんな年月が流れているのか……と、われながらビックリ!です)、私が「佐賀県精神保健福祉センター」に転勤した年です。

 当時の私は、まだ、“薬物依存症”という病気については素人同然で、「違法薬物使用者」というと、当時流れていた印象的なCM~覚醒剤やめますか?or人間やめますか?~を鵜呑みにした「犯罪者」「人間やめた人(どういう人間やめたってどんな状態なのかも、考えないまま……)」であり、「合法薬物使用者」は「どうしようもなく意志の弱い人」といった感覚を持っていました。そんな私が「精神保健福祉センター」での“薬物依存症対策担当となり、とても不安だったのを覚えています。

 最初の出会いは「薬物依存症の家族教室」でした。薬物依存症のご家族を対象とした教室のプログラムの一つに、『回復に取り組んでいる当事者からのメッセージ』というのがあり、今は亡きタメさん(当時の九州ダルク施設長)と三四郎さん(当時の九州ダルクスタッフ)が、佐賀の精神保健福祉センターに来てくれたのを覚えています。

 ちょっと強面で図体のでかい施設長(本当はとってもやさしくて、笑顔がかわいかったです)の周りで、棒切れみたいに細い身体の三四郎さんが、少々上から目線+ため口+人懐っこくウロチョロしてーー、対照的な2人が印象的でした。

 そして私が薬物依存症という病気について学び、「九州ダルク」に足を運ぶ回数が増えていくとともに、私が「犯罪者」「どうしようもない意志の弱い人」と思っていた人たちは、実は“薬物依存症”という病気の症状が作り出している姿であり、本人だけでなく、家族や親しい友人等周囲をも巻き込んでいる現実が見えてきました。

 ある当事者・相談者の声です。

 「薬を手に入れるためなら何でもした。いろんな人を裏切った。何度も『もうしません』と誓ったが、ダメだった。どんなに頑張っても、何度やめようとしても、気がつけば薬に手を出している。自分が情けない。家族にも迷惑をかける。自分なんて、いっそ、いなくなった方がましだ」

 「今度こそ、薬をやめようとがんばっている。でも『どうせ……』『こいつは信用できない』そんな目で見られる。でも、頑張るしかない。でも、辛い。寂しい」

 ある家族の話です。「私がついていながら……。もう疲れました。あの子を殺して・・私も死にたい」「親戚にも迷惑かけ、顔向けできない」「私の育て方が間違っていた。私がいけないんです」「外を歩けない。人目を避けて暮らしている。電話の音が怖い」

 薬物依存症は、以前の私もそうであったように、社会の中では“犯罪”という色が強く(もちろん“犯罪”であることは事実ですが)、“病気”という側面も持ち合わせている事が理解されていません。そのため、違法薬物についても、“受刑”のみで、“病気”に対するアプローチが弱いために再犯が繰り返されます。

 一方、「違法薬物じゃなかったら大丈夫」と、処方薬による薬物依存症の問題も大きくなっています。

 きっと、『ダメ・絶対』だけでは、ダメ・絶対!!で、手を出さないという予防対策とともに、“病気”からの回復への対策が伴わないと、前に進んでいかない現実が見えてきました。

 その後も、「ダルク」を通して、いろんな疑問が私の中に湧いてきました。薬物依存症を引き起こした背景に何があったのか? 捉え方や教育や治療の実態、性差による違い、薬物依存症者は特別なのか? 回復って何なのか? 回復していく人とそうでない人の違いは? 人の強さと弱さ、厳しさと優しさーー。

 そして、いつも最終的には『生きるとは?』に向かっていきました。当然ながら、私はどう生きてきたのか? どう生きているのか?をも見せつけられ「ダルクと出会わなければ良かった……」と辛く感じる時期もありました。

 九州で最後まで、「ダルク」がなかった佐賀県にも2010年10月に「佐賀ダルク」ができました。決して、突然にできたものではなく、数多くの方々の足跡を繋いで、少しずつ道らしきものができて、そして産声をあげ、この4月からは「九州ダルク」から独立運営となり、ひとり歩きを始めています。

 “薬物依存症”は犯罪なのか? 病気なのか? “薬物依存症者”は本当に怖くないのか? 特別な人たちではないのか? “薬物依存症からの回復プログラム”って何をやっているのか?

 それらを知ろうと「ダルク」に足を運ぶ中で、以前は偏見だらけだった私の理解は変化し、「ダルク」やそこに集う人たちとの出会うことで、たくさんの愛と希望、厳しさと勇気をいただきました。

 最近、高校生になる私の娘からこう言われました。「お母さんがトキちゃん(現・九州ダルク施設長)たちと出会ってなかったら、きっと私、いろんな問題や病気を持つ人に対して『自分とは関係ない』って思ってた。私、人と関わる仕事がしたいな~」
 この「佐賀ダルク・むつごろう便」を手にとっていただいている皆様も、ぜひ一度「佐賀ダルク」や「支援する会」をのぞいていただければーーと思っています。お待ちしています。

保健師 東島ゆりか

カテゴリー: 3号(2013年7月), むつごろう便 タグ: パーマリンク